製造業のデジタルトランスフォーメーションはデータモデルが完成している必要がある。

社内の情報システムは役に立っているか棚卸しすること

トヨタ生産方式には、2つの柱があった。ジャストインタイムと自働化である。
ジャストインタイムを情報システムとして解釈すると次のようになる。必要な時な必要なデータを必要な分だけ集めることである。必要な時とは、ユーザがデータ検索行為をしたときである。インターネットの検索ほど、意図しないことが多く出現し、無駄な時間を費やすことはない。自社のシステムであれば、このように無駄な検索をユーザーにさせないことが重要である。

 しかし、この時、ユーザの欲することがシステム的に保証されていなければならない。意味のあるデータであること。一日前のデータなんかでは意味がないとすれば、一般的にシステム設計者は必要な日にちを任意に指定するように開発するであろう。ところが、多くの場合、必要な時とは、例えば一時間前とか、現在の最新ということであり、何の指定もなければ、そのような検索を行なうように開発すべきである。一番困ることは、システムの勝手な検索ロジックになっていることである。

検索表示に時間が掛かっていると、思考が中断して、仕事にブレーキである

 毎回毎回、その最新時刻からの検索のロジックではユーザーの仕事の効率化は図れない。システム開発設計には一般化が必要だが、ユーザ適用には特殊化が必要なのである。したがって、一般化システムの上に、特殊化機能をもたせる設計手法がフレキシブルである。必要なデータを処理する際にも、不用意に大きなテーブル全体を対象にしてしまうこともある。でも、その処理はユーザーには全く分からないのであるから、真剣にロジックを考え、レスポンスに対し責任を持つ必要がある。

 レスポンス時間を考えるならば、もっと慎重な設計をするはずだ。このレスポンス時間は、ユーザにとってもっともムダで嫌われる時間である。しかし、SEのなかでこのレスポンスを目標値を示し、設計してくれる方にお会いしたことがない。そもそも、システムの設計指標としてレスポンス時間があるはずである。完成後にチューニングといい方では、情けない。どのような設計をしたら、ユーザを待たせないレスポンスを得られるかを予測できるようでなけらばならない。

考え事をしながら本を読むなら紙媒体を選択する

 本を読み、ぺらぺらめくったりすることがある。この操作性のよさはなかなかコンピュータで実現できないのである。あるときは半分だけめくり戻すなんてことも本なら可能であるから。これも本だからの検索手法である。情報システムでは、この機能をどのように実現することができるのかを、もっと考えて欲しいものだ。

 もともとトヨタ生産方式はムダの排除を根底に考えられているシステムである。それがゆえに情報システムでも設計思想として通じるところが多い。そもそも情報システムも人の仕事のムダの排除が目的なのであるから、何がムダであるかをよく考えてシステム設計しないと目標の効果は得られない。

 また、改善という手法がトヨタ生産方式にあるが、これもよく似通っている。すこしづつ、仕事のやり方を改革し、人の思考を助けるには、いくつかの機能が必要である。必要な情報を収集する。集まった情報を整理・解析する。解析した結果から何らかの結論を得る。その結果を具体的に表現する。これらの過程のどこか一部分だけをシステムが支援していることが多いが、結論を出して、行動に移すこと、更に、その結果をモニタリングし、次の改善に繋がるところまで開発実現させないと価値がない。

情報をつなげることは容易ではない。簡単にデジタルトランスフォーメーションは進まない。

 この中でうまくできていないのが、情報の整理と解析、そして結果を得ることだと思う。これらはトヨタ生産方式で言うところの自働化ができていないのである。整理と解析には決まった手法が一般的にあるものではなく、個々の仕事における経験的なものがベースになっている。情報の整理と解析には、その過程で未取得のデータを取得することも必要である。仮説と検証の繰り返しになることばかりである。

 人間が仮説として対策案を生み出すものであるがゆえに、通り一変に情報整理と分析を自動化することは難しい。しかし、その事を難しいと言うことで当初から考えることを放棄してしまっていないだろうか。私達の仕事を効率化したいと思うのであれば、どのような事を、どのような観点で分析をし、どんな自動化の可能性があるかを考える必要がある。要する完全なるデータベースの構造設計は、完成することはなく、常に改造し続けることになるということである。

 もし、改造を避けるならば、観点を替えたりして、業務のルールを変更することなどで、目的の結果を得ようとする必要な検討行為がなされなければいけない。しかし、この行為は本質的解決にはならないのである。

 この時、思考錯誤ではあるが、システム的には一つのアプローチが考えられる。それは、どのような目的でどのような観点について過去のベテランはなにをしていたかがよりどころとなるのである。

 この本来、継承が難しい経験的なものを蓄積していけばいくつかの検討のケースに役立つはずである。この思考プロセスを情報として蓄積するようにすればよい。これが自働化である。ここを実施しないとエンジニアの時間を短縮することはできないのである。この自働化のシステムはきっと、インタラクティブな方法でコンピュータと会話しながら進めるものになるはずだ。人それぞれの思考プロセスがあるが、しかし、そのプロセスでなければいけないルールが存在する時には、その思考プロセスを採用するように警告を出すような自働化が必要である。

 コンピュータはどんなことでも答えを出してくる。しかし、それはコンピュータが出した答えでしかないのである。意味の無い解を出されても困るし、信用できないし、かえって時間を無駄にする情報となることがある。情報過多かつフェイクがあるようにこの時代において、ユーザが信用できる答えを導き出すようなシステムが必要である。その為にも、知識の記録方式を研究しなければいけないと思う

デジタルトランスフォーメーションを推進して、ものづくりの無駄、仕事の無駄、システムの無駄をなくす

トヨタ生産方式の無駄概念

トヨタ生産方式はムダの徹底的排除の考え方に基づき、造り方の合理性を追求し構築されたシステムである。これの柱は2つ。ジャストインタイムと自働化である。物を造る場合の理想的な状態は機械、設備、人などが無駄なく付加価値を高める仕事をしていることにある。この理想状態を実現するために、各工程、工場などにおいていろいろな手法を研究したものがジャストインタイムである。ジャストインタイムは必要なときに必要なものを必要なだけ各工程に供給することである。

 もう一つの柱は自働化である。スイッチを押せば自働で動く機械は多い。近年の設備は高性能になり、高速化している。なにかちょっとした異常が起きた時に、スクラップづまりをおこしたり、タップ破損で不良が出始めると,多くの不良の山をすぐ築いてしまう。

不良品をつくることは働いたことにもならないし、また、仕事をしたとも言えない。単に動いただけである。ニンベンのある自働化が強調されるのは、機械に良し悪しの判断をさせる装置をくみこんであることが必要という考え方。この良否を判断するために標準作業を定義し、これにあてはまらない時には欄を止めるということ。

管理者はすぐその原因を直し、改善し標準作業のなかに組み込む。これを繰り返すことで、良い製品が安く造れると考えたのである。一人の管理者が多くの自働機を管理下において運営するには、普段から目で見てわかるようにしておかねばならない。ここに目で見る管理の考え方が生まれる。

トヨタ生産方式はトヨタ自動車様のホームページをご覧ください

情報システムも人が減らなければ価値はない

 情報システムは本来、人間の思考を助ける為にある。いろいろな情報システムに接してみると本当に効果があるのか怪しいことがある。
情報システムは効率化にならないといけない。質の向上と言う効果で終わらせることは出来ないと思う。

そもそも、ある質を確保する為の投入工数があり、そこにシステムを導入するのであるから、その工数は減らないといけない。更に、質をレベルアップするには、もっと多くの工数をかけなければならないので、もっと大きな工数低減になっているはずである。しかし、この見込みの質向上と見込みの投入工数はマネージメントには了解されにくい。


 事実、現在の人員を減らしたいのであるから、今の仕事を何人でやれるようになるのかが重要である。
 1つのケースを考えてみよう。社員一人一人が勤務時間を紙に記録していたとする。それぞれの勤務時間は会社の規定に当てはまって勤務する必要がある。紙に毎日勤務時間を記入するのに必要な時間はきっと1分もあれば十分である。しかし、あるとき、管理部門が情報システムを構築した。そのシステムに毎日勤務時間入力をすることになった。この時、管理部門は、部署別の残業推移などや勤務ルールに一致しているかをチェックするためにこのシステムを導入した。


 しかし、そのシステムの仕組みがあまりよくないので、入力に5分かかってしまう。1000人の会社であれば、無駄な時間が4000分、つまり67時間/日の損失である。言い換えれば定時勤務の 8人の従業員をムダにしているのである。管理部門が5人で実施して仕事ならば、このシステムはむだを発生するシステムである。 
 
 しかし、入力を工夫することにより、30秒で実施できるならば効率的なシステムである。このように、多くのシステムにおいて、入力の時間をよく吟味する必要があるということだ。入力工数は情報システムにおいて無駄だと思わないといけない。情報システムの本質は人間の思考を短縮化することなのだから。情報システムは遠隔地のデータを簡単に取得できることと、もう一つは多くの人達とデータ共有できるメリットがある。

 多くの人の手間をどのように解決できるかを十分にシステムエンジニアは検討すべきである。情報システムの外部仕様は必ず、ユーザの活用する画面設計から着手するようにしている。このように進めると、どのようにデータをいれるのか、どんなデータでなにをどのように見たいかなど、自然とユーザは考えるようになる。そして当然、そのシステムの目的などもクリアになっていく。

 SEはユーザに提案することも大切であるが、後の運用を考えるとどれだけ,ユーザに考えさすかである。少しづつ、自分の持っている方向にユーザを誘導できるくらいの洞察力と緻密さを持たねばならない。そうでなければ、日本の生産性は向上しないだろう。

製造業は好奇心のかたまりであるが古典的すぎる仕事の進め方をDXで革新すべき

ノウハウや知識を受け継いでいくことは特に技(わざ)の伝承にて語られることが多い。腕一本でものづくりを行なっている人達がいる。創業100年を超える企業が日本にはたくさんある。この企業は、腕一本で創業者が事業を興し、弛まぬ努力の積み重ねで継続していることは疑いのない事実である。

 一方、日本には多くの企業があるが、それぞれの企業はノウハウや知識を受け継ぐことができているのだろうか。利益優先で、事業をズバッと切り捨て、開拓するのもやむを得ない時もあろう。しかし、そのような状況でない中でも、日常的にノウハウや知識を受け継ぐことができているだろうかと思っている。
このノウハウや知識は企業の事業内容によって特別な固有のものも多いが、一般的なことも相当あると思う。知らないのは自分達だけではないかと心配して業務に接することが一番安心な心構えであろう。

 一番、ノウハウや知識を受け継いでいく良い方法は話しをしながら、作り方を見せながら体得する方法であることは昔から変わらない。最近は動画がいっぱい無料で配信されていて、これでも十分だと思うこともある。しかし、時々、なぜなのかと質問したくなることにも遭遇する。この時のなぜは人によって、深さや範囲は異なる。しかし、分かると言うことも人ににより異なる。分かったつもりのように、どこまで分かっているのかと心配なこともある。

 小生も分かっていないことばかりに直面し、いつも頭を抱えているのである。私達人間は知りたいと言う好奇心は際限のないことであり、人によって、その優先順序や重要性がまちまちなだけなのだと思う。したがって、他者に強制もできないし、次から次へと沸き起こる疑問は、もはや、他の人からはどうにもコントロールもできないことなのである。

 インターネットで動画による解説を聞いても、それだけでは十分に満足できない。先輩から話を聞いても、疑問は全ては解決しない。大学の研究者のように、分からないことを明らかにしたいのは人間の本質である。企業の中においては、その知りたい行動を、組織や自分の役割というタガで、それ以上の行動の制限をかけているのである。このタガが、今、一番成長や創造性や生産性に良くない影響を出している。若い人の柔軟性を管理者がタガをはめて、窮屈な思考の場にしてしまっている。

 このような好奇心という人の性に対し、知りたいことや知り得たことをメモするなんらかの構造的な方式が欲しくなる。単なる断片的に孤立化したメモではなく、知りたいことと、知ったことを都度適切な場所に記録する方法である。そして、それは、他者が知りたい、知ったことを記録できる共有の場所でなければならない。既存の方法では答えがないのである。
もし、このようなことが可能になれば、追加も自由で、蓄積型の知識の記録方式になる。それこそノウハウや知識を受け継いでいけるはずだ。これが特徴点記述式と呼んでいる私の方式である。

製造業のコミュニケーション基盤としてのCKWEB2開発の背景

メモの方法の進化と停滞

メモの方法がノートからカードシステムへ。ノートからパソコンに変化してきた。この間に忘れ去られた思想がある。それはアイデアをどのように成長させるかについての工夫と機能である。 
 
 PCへの記録には、アプリケーションと呼ぶ、やっかいなものが介在している。ノートならなかったこの制約。ましてやカードシステムになり切れないソフトウエアなのである。

 このようなことで創造力が発揮されたり、成長させたりできるとは思えない。メモの組み直しができないのである。これしかないように強制されたこれらのことに反発してしまうのは私だけだろうか?

メモの置き場が分散化される乱立するクラウドサービス

 更にクラウドサービスが拍車をかけている。メモの保存先を勝手に変えてしまうのである。私は昔からMacが好きである。しかし、仕事はWindowsである。仕事がWindowsになってしまうと面倒で仕方ない。どちらでも良いようになぜならないのだろうか。本来共通性と守るべきことが無視され、システムの技術的競争にユーザーの利便性を低下させている。キャビネットである保管先まで、クラウドに自動で分けられ、アイデアを整理する上位概念での分類ができなくなっている。ローカルなPCや記録装置にデータを置くのは外出時に仕事ができない。

 みなさんはどうでしょうか。個人の知的好奇心の結果が仕事の成果にもつながるようにならねばいけないと思うのであるが、仕事と個人とで使うアプリが異なるのは困るのである。
個人の興味と仕事の選択をする人が増えている時代となってきて、そうならねば人生が面白くないはずだ。

弊社がCKWEB2を開発した理由がここにある

 書いている間に忘れそうで必死に書く。湧き出る水を飲まなければ溢れ出す心配。
個人と仕事をツールで分けられたら、思考が二重になってしまう。
メモには文書だけでなく、写真や絵や動画やいろいろなデジタルデータがある。それらを『くる』必要があるのである。

 いろいろな単発メモを検索して新しい発見ができなければ、蓄積したデータが価値をなさない。それを検索でとシステム屋は言うだろうが、検索結果が意図しないことを多く含んでいたならば、価値は半減する。必要十分な結果を出現させる方法を考えて欲しいものだ。それはシステム屋という職業の範囲を超えているのではないだろうか。

 記録や蓄積するだけではなく、データを活用する事を意識するならば、記録の方法から考え直さないといけない。デジタルトランスフォーメーションDXは企業の中での問題以前に、個人のDXが行われないと生産性は向上しないように思う。

現在のメモアプリ(知識の記録方式)の問題点

システム手帳を使い出して何十年も経過し、携帯のメモアプリやスマホにメモを書くことも、かなり早くから始めてきたのであるが、未だにシステム手帳も使っている。システム手帳の使う場面は、会議の時だけになっている。どうしても、キーボードを打ちながらでは、会議に集中できないからがその理由である。ブラインドタッチでも、会議は絶対に紙にメモを書くことにしている。そもそも、私は、会議中にパソコンに打ち込んでいながら、仕事をするのは、考えることに集中せず相手に失礼だと思っているのである。

 では、手書きメモをどうしているかと言えば、改めてデジタルのデータにすることはしていない。つまり、システム手帳は会議録専用にしているのである。これが一番自分には効率的だと思っている。

 さて、スマホに記録したメモはどう扱っているのかと言えば、これも用途に分けている。プレゼンのネタを思いついた時には、keynoteにメモして、それを見ながら、別のkeynoteファイルにプレゼンを記載している。投稿や出版のネタは、pages にメモしている。Windowsなら、PowerPointとword ソフトである。


 
 numbersなどの表アプリは使っていない。表は思考のプロセスの随分と後の手続きに必要にはなるだけのことであるからだ。その他のメモは、メモアプリを使っている。自分なりに、メモの種別によって使うアプリを変えている。ゆくゆく絵を挿入するからkeynoteへ、メモを成長させて文章化していくものはpagesへ、断片的な自分だけの記録はメモを使うのが一番しっくりしている。本当は、どのように種別でも、一つのアプリで済ませたいのであるが、それができないのが歯痒い。

 このように、その後の発展活用用途に分けてメモの場所を変えてはいるが、どうしても、アプリを超えてメモを再整理する必要がある。それも結構な頻度で行っている。結局、カードシステムのようなことをパソコンの上で、行っているのである。これが大変面倒なのである。記録することに偏り、データを使うことへの機能開発が不足している。カードシステムよりも良い点は、コピペすれば、オリジナルな場所のメモは消えていない点である。すると、このようにアプリを超えたメモをどんなアプリに集合させるのが良いのかを探す必要があり、いろいろ試しているが推薦できるものがない。

 そもそも、全てを行えるアプリを開発していただけないかと願うばかりである。パソコンが生まれて以来、これらのアプリを受け入れ、その上で仕事をしてきてしまったことから転換することは容易でない。仕事の細部手続きの中に、アプリが特定され埋め込まれてしまっている。だから、そのような統一的アプリにチャレンジする人がいないのかもしれない。

 人が考えることを行う場合、紙と鉛筆が基本であった。そこに、アプリと言う機能を限定した考えを持ち込んでしまった上に機能の競争になり、多種多様なアプリ乱立の状態になってしまったのである。私は、紙のカードシステムの軽快性と可視化性の上にパソコンの記憶力と検索力が知識の記録方式の基本であると考えている。その上で、枝葉である機能を作り直してみたいと思っている。